激動だった2025年を振り返る
2025年は、あっという間に過ぎ去った一年だった。
思い返せば「激動」という言葉がいちばんしっくりくる。ここ数年ずっと、環境の変化が大きく、その変化に適応することで精一杯だったように思う。気づけば、立ち止まって振り返る余裕すらなかった。
いろいろな職場を経験してわかったこと
いくつかの職場を経験して、強く感じたことがある。それは、仕事の向き不向き以上に「人間関係」が与える影響の大きさだ。
どの職場にも一長一短はある。
給与は良いが休暇が取りづらい職場。
休みは少ないが、定時内で仕事が終わる職場。
やりがいはあるが、心身を削り続ける環境。
福利厚生は整っているが、引き継ぎ体制が機能していない組織。
給与は高くなくても、引き継ぎが丁寧で、心身の消耗が少ない職場。
結局のところ、何を優先するかは人それぞれで、「自分にとって何がいちばん大切か」に行き着くのだと思う。
教員を辞めた決断について
新卒で教員になった頃、定年まで教員を続けるつもりでいた。しかし現実は、自分が想像していた以上に心身への負担が大きかった。子育てをしながら、この働き方を何十年も続けることは難しいと判断し、退職を決めた。教員をやめたのは数年前の話なのだけれど。
この決断は、間違っていなかったと今は心から思っている。
アイデンティティが揺らいだ時期
ただ、辞めた直後は自分のアイデンティティが大きく揺らいだ。
教員になるために大学を選び、免許を取り、十数年「教育」の世界に身を置いてきた。突然「先生」でなくなったとき、自分は何者なのか、何が自分の強みなのか、答えが見えなくなった。
虚しさや寂しさを感じたのも事実だ。
それでも不思議なことに、退職日当日はとても晴れやかな気持ちだった。退職日が近づくにつれ、心が軽くなっていったことも、今でもはっきり覚えている。
そして今、思うこと
新しい環境に慣れていく中で、民間の働き方は私にとって心身の消耗が少なく、家事や育児にエネルギーを回せると感じるようになった。少しずつ仕事も楽しくなり、結果的に「辞めてよかった」と思えるようになった。
あのとき、悩みに悩んで踏み出した一歩。
振り返ると、あの決断が今の自分につながっている。
教員を辞め、そして民間、そしてまた新しい環境へ。本当に激動の2025年であったが、迷いながらでも前に進んで良かった。そう思える2025年の終わりである。

