境界線を見つめる内省の日々

心のつぶやき

境界線に気づいた、ここ最近の内省

ここ最近、私はとても内省する時間が多かった。
「私は本当はどうしたいのか」「なぜいつも搾取される側に回ってしまうのか」。
答えの出ない問いを、頭の中で何度も反芻していた。

考え続ける中で、ひとつ腑に落ちたことがある。
それは、私自身が人との境界線を引くことがとても苦手なのではないか、ということだ。
相手の感情を自分のもののように引き取ってしまったり、本当は「それはできない」と言っていい場面で、「私が我慢すれば丸く収まる」と飲み込んでしまったりする。
その結果、相手は無意識のうちに甘え、同じ行動を繰り返す。そんな構造ができあがっていたのだと思う。

越えてはいけない一線を越えた出来事

それでも最近、私の中で「これは超えてはいけない」という一線を越えられる出来事があった。
あまりに衝撃的で、しばらく言葉を失ったほどだ。
相手に悪意があったかどうかは分からない。ただ、これまでの関係性の中で、私が許容してきたことが誤った学習として積み重なり、行動が強化されてしまったのだと感じた。

振り返れば、私は自分の時間や感情、尊厳を安売りしていたのかもしれない。
「これくらいなら」「今だけなら」と小さく差し出し続けた結果、境界線は曖昧になっていった。

冷静に構造として捉える

深く落ち込み、考え続けた末に、ようやく冷静に状況を構造として捉えられるようになった。
感情的に反応するのではなく、淡々と自分の中の礼儀や基準を通すこと。
そして、最悪のパターンをあらかじめ想定しておくことで、現実的には対処可能だという判断にも至った。

ここまで客観的になれたことは、私にとってとても大きな一歩だった。
数年前から抱えていた悩みだったが、一度すべてを吐き出し、言葉にし、構造として整理することで、ようやく自分の中で消化が進んだ感覚がある。

書くことは、心を助けてくれる

悩み、絶望したときには、ぜひ一度書き出してみてほしい。
頭の中だけで考えていると、「もうお先真っ暗だ」と思ってしまうことでも、言葉にして並べてみると、意外と整理できることがある。
案外、大丈夫な道が残っていることにも気づける。

今回の内省を通して、私は少しだけ自分を守る術を身につけられた気がしている。
これからは、自分をすり減らす優しさではなく、尊重される関係を選び取っていきたい。

タイトルとURLをコピーしました