【教員やって良かったこと】今も続くつながり

元小学校教員のリアルな転職記

毎年変わらず届くメッセージ

採用されてまもなく受け持っていた児童の保護者から、今もなお毎年、新年のあいさつをいただいている。
最初の頃は年賀状だったそれも、時代の流れとともに、今ではメールになった。

毎年、丁寧な文章で近況を伝えてくれる。
そして必ず一枚、写真を添えてくれるのだ。
今年も元気そうな姿がそこにあって、それだけで胸がじんわりと温かくなった。


写真に残る、あの頃の面影

採用されて間もなく担任したあの子は、もうずいぶん大きくなっている。
それでも、写真を見ると今も面影がはっきり残っていて、自然と当時の記憶がよみがえる。

放課後に家庭訪問に行ったこと。
授業中、集中できずに注意した場面。
休み時間に、目を輝かせながら面白い話をしてくれたこと。

担任を外れたあとも、私の誕生日に
「先生、お誕生日おめでとうございます!」
と友達と一緒に手紙を書いて持ってきてくれたことまで、鮮明に思い出す。


保護者との、心地よい距離感

その子のお母さんとも、なぜか自然と気が合った。
個人懇談は、教員にとって緊張する場面になりがちだが、その方との時間は不思議と楽しかった。

お互いに構えすぎず、率直に話せた感覚がある。
「この子のことを一緒に考えている」
そんな空気が、言葉にしなくても伝わっていた気がする。


教員を辞めたあとも続くご縁

私が教員を辞めたことを伝えたとき、そのお母さんはとても残念がってくれた。
それでも、関係は途切れることなく、毎年変わらず年始のあいさつを続けてくれている。

そのご家庭も、時を経る中でいろいろなことがあったようだ。
それでも今年、元気そうな様子がうかがえて、心から「よかった」と思った。

どの家庭にも、それぞれの事情がある。
みんな、それぞれの場所で、精一杯生きているのだと改めて感じる。


肩書きを越えたつながり

教員を辞めてしまったけれど、こうして一人でも関係が続いていることが、純粋にうれしい。
教師と生徒、保護者という枠を越えて、人としてのご縁が残っている感覚がある。

もちろん、合わない人もたくさんいた。
辛い思いをしたことも、正直少なくない。
それでも、こうした信頼を感じられるつながりがあると思うと、教員をしていてよかったと心から思える。


今は違う場所で、いつかまた

今、教員をやりたいかと聞かれたら、答えはノーである。
自分のキャパシティや生活環境を考えると、難しいと言わざるを得ない。

けれど、子どもたちが成長し、自分自身にも余裕が生まれたとき、
また別の形で教育に関われたらいいな、と薄ぼんやり思うことはある。

教育というものは不思議だ。
その場ですぐに結果が出なくても、何年、何十年も経ってから、
ほんの少しでも誰かの人生の支えになっていたとしたら。

それだけで、この仕事に向き合ってきた意味は十分だったのだと思う。

タイトルとURLをコピーしました